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2007年6月11日 (月)

森美術館「ル・コルビュジエ展」

本日は日曜日ですが、ポッドキャストはお休みして、昨日見て参りました六本木・森美術館の「ル・コルビュジエ展 建築とアート、その創造の軌跡」の感想をレポートしたいと思います。

この展示会、予想通り大人気のようで、既に数多くのブログがアップされている。建築のプロの皆様のブログを見ると、「学生の頃、コルビュジエの図面を何度も模写したので懐かしかった」云々の記述もあったりして、徹底して先達の英知から学ぼうとしておられる皆さんの勉強熱心さに頭が下がる思いで読ませて頂いた。

この展示会には、幾つかの見所がある。1つは、建築家としてのコルビュジエだけでなく、生涯、毎日午前中は絵を描き続けていたという、画家、アーティストとしてのコルビュジエにもスポットを当てていること。

会場には数多くの絵画作品や、作品のモチーフになった貝殻などが飾られており、氏の画力の高さ(ブロガーの皆さんの中には、厳しいコメントを発しておられる方も多々おられましたが、さくら的には立体的な視点、平面と曲線の描写力はやはり卓抜しているように思いました)や、音楽や自然、人間を愛するヒューマニスティックな面を浮き彫りにしていた。

第2番目の見所は、パリのアトリエ、マルセイユの集合住宅「ユニテ・ダビデシオン」の一室、氏が最期の時を迎えることとなった「カップ・マルタンの休暇小屋」が、展示会場の中に再現されていたこと。

「ユニテ・ダビデシオン」は、コルビュジエが考案した「モデュロール」という黄金率に基づいて設計されており、ちょっと天井が低いかな、という感じになっている。また、展示会場の最後のパートに設けられている休暇小屋の前では、少し入場を待つ列も出来ていたんですが、やはり、中に入って実際に間取りや家具等の配置を見たり、部屋の窓から外を見たりすることで、コルビュジエが何にこだわって設計をしていたのか、ということを体感出来たので、とても良い試みだと思いました。

(蛇足ですが、ファッション関連のエキシビションでも、本当は「試着」が出来ると一番いいんでしょうけどね。ただ、どう考えても、性差の問題、大人と子供の問題、サイズ問題が出てくるので相当に難しいということになってしまうんですが。同じデザインの分野でも、「ファッション」というものが、極めて個の身体性と不可分な、パーソナルな世界だということを痛感致します)。

ル・コルビュジエは、建築業界において、「近代建築の父」と呼ばれているそうである。歴史をどう捉えるか、ということについては、人それぞれの見解があるだろうが、私の目には建築の世界の近代化は、美術や文学、バレエ、ファッションなどの分野に比べて比較的立ち上がりが遅い分野だったのではないかという風に見える。

しかし、第2次世界大戦後の復興の時期には、住宅問題の解決、公共施設、都市開発の必要性から、鉄筋コンクリートを用いた大規模な建造物が続々と建設され、他の分野以上のスピードで一気に現代化が進んだ、という風に解釈してよいのではないだろうか?

私の考えでは、ル・コルビュジエは、「建築の世界で近代から現代までの時代を一気に駆け抜けた人」であるのではないか、という気がする。

コルビュジエが唱えたという、有名な、近代建築の5原則「ピロティ」「屋上庭園」「自由な平面」「水平に連続する窓」「自由な正面(ファザード)」についても、ちょうどファッションの世界でいうとアールヌーボーからアールデコ、コルセットからの開放、シャネル、スキャパレリの登場・・・などの時代とリンクしており、前近代とは決別した自由や人間性の重視、という空気感を強く感じさせるものでありながら、

その原則が、個人の邸宅ではなく、住宅建築、都市開発等のデザインへと拡張するに従って、効率性重視、大衆化社会の到来を予感させる不自由さを孕んだものに変容していったのではないか、ということを実感しないではいられなかった。

しかも、建築の業界は、ファッションの世界とは比べ物にならないほど、「政治」というものの影響力の強い業界である。コンペでコルビュジエが1等を受賞していたのに、うやむやのうちに別人が実際の設計・建築を担当することになった、というスキャンダルの話も、展示の途中に記されていた(皆様ご承知の通り、コンペがらみのトラブルは、その後日本建築史においても、多々発生しているようである)。

しかし、この展示会を見る限りでは、ル・コルビュジエ本人は、根っこのところでは最期まで人間中心の建築、ということを大切にし続けた人なのではないか、という気がした。教会や修道院のデザインなんかは、既成概念に囚われず非常に自由でのびのびとした空間になっているんですよね。

(昨日ご紹介した本『前川國男 賊軍の将』の中にも、コルビュジエが事務所に入所して2日目にはすぐに日本からやってきたばかりの前川氏に仕事を与え、経験を積ませるように暖かく処遇した、ということが記されていた)。

それと、近代と現代をどう見るか、なんてことは、それこそそんなに単純なものではなくて、展示では明瞭にそのことについては触れられていなかったが、その間に世界大戦も2度もあった訳である。

コルビュジエが発案し、あまりにも早すぎて実現はしなかったという「最小自動車 マキシマム」が展示されていたが、それこそ現代のコンパクト・カーの発想そのもので、第2次世界大戦前に1人が1台自由に車を乗り回す時代の到来を予感していた、というのは、慧眼という他ない。

もちろん、それだけ車の台数が増える、ということは、便利になるという側面と、公害の発生、資源の枯渇といった負の側面の2面が生じてくる、ということである。

今の時代を生きるデザイナーは、そういう負の側面をどのようにカバーするか、ということまで考えた上での提案を行う必要があると私は思うのだが・・・。

その段階の前に、まずは既成概念に囚われず、想像力の翼をもっともっと大きく広げてデザインすることが大切なのではないか。

毎日午前中絵を描き続けていたという、ル・コルビュジエ。アートと建築、アートとファッションが近しい友達として、1つの世界観の中で提案されることが、今という時代ほど求められている時代は過去にはなかったのではないかということを、彼は教えてくれているような気がした。

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