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2007年8月12日 (日)

続『フラット革命』ー真面目を以って真面目を制す、では解決しないこともあるのでは?ー

皆さ~ん、先程やっと、岡山から東京に帰って参りました。帰るや否や、てんこ盛りの仕事をどうやって片付けようか、と、ねじり鉢巻でお仕事を再開している状況でございます。

そんな訳なので、あまりゆっくりブログを書いている訳にはいかないのだけれど、昨日ケータイでアップした「佐々木俊尚著『フラット革命』」について、ちょっと我ながら歯切れの悪い内容になっているように思えるので、ちょこっとだけ補足を。

(なお、さくら的には、政治や社会問題については一切ブログでは取り上げない方針なんですが、本書の感想でそれを避けると何のことやらわからない内容になると思うので、少し触れさせて頂きますね)。

『フラット革命』でたぶん佐々木氏が一番書きたかったのは、最終章である「第四章 公共性を誰が保証するのか」に出てくる、いわゆる「ことのは事件」に関する、氏なりの総括なのだろう。

(詳しくお知りになりたい方は是非同書を買ってお読み下さい。著名なアルファブロガーが元オウム信者だったということ、彼と関わった方々が騒動や災難に巻き込まれていく話である)。

佐々木氏は、ジャーナリストらしい丁寧な取材と論理的な思考法で、「ことのは事件」の経過を整理し、全体像をときほぐしていく。そして、結論の部分では、「ラディカルな民主主義とは何か。・・・(中略)多様な価値観や考え方、宗教、感覚、生き方を持った人たちが同じ社会を構成し、常にお互いの意見を交換し、議論していくことによって本来的な民主主義を実現していこうというものだ」(P278)。「議論し、意見の異なるもののあいだで闘技を続けることは、人々のあいだに強い覚悟を強いていくことになるのかもしれない」(P281)と述べている。

ただ、私はこの事件を、この本をちゃんと読むまで詳しく知らなかったので、シンプルに、「怖いなぁ」「こういうことに関わりたくないなぁ」と思いましたね。

昨日から佐々木氏の論に違和感をずっと感じ続けていて、それは何なんだろうと思っていたのだけれど、ふと、「極右、極左の問題も、オウムの問題や一部の宗教にも言えるのだけれど、その前に、なるべく極端な意見や行動を生まないようにするには、どうしたらいいんだろう」と思ったんですよ。

こちらを考える方が、ひょっとしたら、「闘技的民主主義」に突き進むより、多くの日本人の気分に合っているんじゃないかと。

思うに、極端な考え方の根っこには、「体制の問題」とか、「どうしようもない差別や貧しさを解決する」とかいったことがあるように思うので、もちろん政治で社会的な不公平をある程度是正するということも必要だろうし、

意思ある方々の非営利法人やボランティアでの活動なども、効果的だと思うんだけど・・・。

さくらが直感的に感じているのは、こういう極端な考え方に染まってしまう人って、昔は貧しさからの怒りというのもあったのかもしれないが、最近は大概純粋に育てられて(よくありがちなのが、お勉強さえしっかりしていればよいというような環境に育って)、理屈ばっかりをつきつめている生真面目なタイプが多いんじゃないかと。

こういう方々に、真面目に接しても、さくらは駄目なんじゃないかな、と実は思っております。完全に大人になってしまって、考えが固まってしまっておられる場合は、もうネット上ででもリアルででも自分の主張だけをワーワー一方的に言いまくる、という感じになっちゃって、しかもそれが個ではなく集団で行われたりしていると、ほとんど歩み寄りは不可能なんじゃないかと。

一番よい方法は、ユーモア、笑いとか、ファッションのような楽しさとか、心がふっとほぐれるようなもので、硬くなってしまっておられるそういう方々のアタマを丸くしてあげることなんじゃないかと。

世の中って、思い通りにならへんことが多い、って、大半の大人は知ってます。でも、一生懸命働けば多少の(場合によってはもうちょっと大きな)お金が手に入るし、楽しいこともいろいろある。タテマエとホンネ。世の中の酸いと甘い。

そういうことを、ユーモアのセンスを持って、教えてくれる人達が回りに多ければ、人間、極端には走らなくなるように思うんですが。

第二章に出てくるメンヘラー(心の病)の女性も、多少恵まれん環境に生まれても元気にたくましくやっている先輩や仲間が、つらいことがあっても笑いで吹きとばそうよ、ということを教えてあげていたら、そうはならなかったんじゃないかと思いますね。甘いかな。

「われわれ」なんてそもそも存在しないと私は昔から思っていたんだけれど、多くの方々の心の中には「中庸」の感覚が備わっていると思う。もちろん、一人ひとりにとっての「中庸」は、微妙に違うんだけれど、極端な考え方の方の数は少なくて、そういう意見はネット上には表現されていないだけで、リアルの場で身近な方々と話をすればちゃんと集約していけうような気がする。

さくらが何故、ブログで政治や社会問題について語らないか(逆にリアルでは、会社の先輩なんかとも語ることはあるんですが)というと、たぶん「中庸」の取れた方がネット上には少ないので話しても仕方ないなと思っているから。私は自分は商売人だと思っているので、特定の主義主張を表に出して損をしたくないと思っているから、というのもあります。

闘技的民主主義なんかにはまっても一銭も儲かるわけではないし、時間を取るだけでたぶんロクなことはないと思っている。

他にやりたいこと、やらなければいけないことがあるので、そちら優先です。

そして、みんなには、「笑い」とか、「明るいパワー」の方を振りまきたいなぁ。

佐々木さんには、今度はネットを活用してみんなを元気にしているような明るい事例を取り上げてまとめて頂きたいという気がします。

フラット革命 Book フラット革命

著者:佐々木 俊尚
販売元:講談社
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コメント

読みました。

おっゃる意味。よく分かります。

私は、映像であり、演劇であり、美術であり、音楽であり、単純なロゴスだけの世界を生きてきたのではない。

だから、ロゴスの世界のとげとげしさが気になるし、それを隠蔽しようとする意図も気になる。

禅語に、「喫茶去」というのがありますが、いま必要なのは、そいうことかもしれませんね。

ファッションも笑いもアンバーバルなコミュニケーションの連鎖。

そういうのがないと、人と人はつまく繋がっていかないのでしょうね。

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自分が相応の年齢になったのかもかしれないし、まあそういう時代かなとか思うが、どうも人間関係がフラットになってきたというか、「そうじゃなきゃいかん」的社会の流れに。。 [続きを読む]

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