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2008年3月29日 (土)

変化への適応を

悪い話題はなるべく当ブログでは取り上げないよう心掛けているのだが、今日付けの新聞で、老舗の大手某ファッション企業が婦人服アパレル分野から撤退するという記事を読んで、軽く憂鬱な気分に陥った。

というのは、この企業さんが地元の数多くの中小カットソーメーカーとお取り引きのある企業さんだったからだ。少なからず影響を受けるところも多いだろうな、と思うと、暗い気持ちになってくる。

ただ、アパレルメーカーで、歴史が長く中堅以上の規模の企業の業績悪化は、大概の場合、急激に訪れるのではなく、何年もかかって売上高がじりじりと落ちていく、というケースが多い。90年代中頃以降のSPA化の時代に乗り遅れ、ヤングやヤングアダルト向けの新ブランドの開発や、セレクトショップ+SPA混合型業態の開発に出遅れたということが最終的には致命傷になった、ということだろう。

本来ならば、じわじわとこの企業さんの業績が落ち始めた時に、次の手を打っておくということが、取引先の立場としては重要だったということになる。

つまりは、アパレルや商社からの発注に依存するOEMメーカーにとって、「業績が順調で、消費者に支持されているブランドを獲得するか」は、死活問題だということだ。もちろん、発注する側が作ってくれる側を選ぶ権利を持つ訳だから、こちら側の技術力、生産管理のノウハウ、コスト競争力等に優位性がないと、海外生産との競合もあるため非常に厳しい状況に陥ってしまう、ということは言うまでもないのだが。

仕事柄、様々な工場さんとお付き合いさせて頂いているが、「日本の人口が急激に縮小に向かっている」という現状を鑑みた時に、日本国内のアパレル商品の最終消費も急激に減少、というシナリオしか考えづらく、一般論として、安易に生き残りが可能であるというような無責任なことは申し上げにくいと思っている。

1社1社の企業さんが抱えておられる状況は大きく異なる。

縫製工場さんで自分の代で創業されたという方はほとんど少なく、皆さん親御さんやおじいさんの代からの「資産」と「負債」を背負っておられる。別事業も含めた収入があり、財務体質が強く、銀行からの借り入れも容易で新規事業(アパレル、小売り事業)が立ち上げられる余力があるのか、その逆なのかでは、採用しうる戦略の選択肢は大きく異なってくる。

また、デザイナーや企画会社、生地の仕入先(カットソーの場合はこの点はクリアできているが)、商品の販売先などの人脈を持っているのか。自身がアパレルでの勤務経験を持ち、アパレルの年間の仕事の流れとMDとは何かを知っているのかいないのか。

OEMではなく、オリジナルブランドの卸や小売り直販への転換で、売上額は減っても利益率をアップさせる、というのが理想的な勝ちパターンの一つだろうが、既存の競合がひしめき合う有力な販路に参入するためには、既存のブランド、既存の商品を上回る商品力を示さなければ採用されることは難しい。

大変なように見えて、実は弱者が販路を獲得する際に一番良いのは、まだ皆が気づいていない、これから伸びてくるマーケットへの参入である。この10年の間では、TV通販、ネット通販というのが、最大のチャンスだったのだが、中小が参入するのは、今や時既に遅し、先行者に追いつくのに多大なエネルギーと、TVの場合は在庫リスクというものを見ておかなければならない時代になってしまった。

ただ、こういう時代でも、残れる人は残れる、成功できる人は成功できるので、一概にひとくくりにして語れることは出来ないと私は思っているのだが。展示会への出展も、オリジナルブランドの販売ということだけでなく、OEM販路の獲得という裏の目的も存在して、そちらのほうでむしろ実績が上がる、ということの方が実際には多かったりもする。

展示会出展は、商社が昔から発達していて、「営業」という概念が乏しい日本のファクトリーにとっての一種の営業活動ですね。ホームページやブログでの情報発信も、営業マンゼロでの営業活動の一種と言ってよいだろう。

この間、某所である大学の先生がダーウィンの進化論の話、「強いものが生き残るのではなく、賢いものが生き残るのでもなく、変化に適応できるものが生き残る」という言葉を引き合いに出しておられたが、全く同感ですね。

自分が現在やっていることを続けて果たしてご飯が食べていけるのかどうかの冷静な見極め、また、場合によっては繊維やファッションに固執しない、努力すれば報われる道で努力するということが、非常に重要なのではないかと思っております。

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