書評:松本卓著『格好よかった昭和ー東京オールウェイズ60'sー』(アスキー新書)
随分前に(株)コルクルーム代表取締役・安達市三先生から献本して頂いていた本を、やっと読み終えた。
元繊研新聞記者でジャーナリストの松本卓氏による本書、正直、出版のタイミングが、一般の方がファッション離れを起こしている不況の真っただ中という最悪の時期で、なおかつタイトルがいかにも昭和の時代を懐かしがっている団塊の世代やそれ以上の年代層を狙っているかのようなものになっていて、非常に損をしているように思う。
後世の人にロングテールで売れていくことを考えても、少なくともタイトルや副題の中に「ファッション」とか、この本に登場する3名の業界の先達・石津謙介氏、高田賢三氏、中村乃武夫氏の名前を含めておくべきではないか・・・というのは、ちょっと余計なお世話なのかもしれないが。
とにかく、60年代という日本の高度成長期、続く70年代を舞台に、ファッションという未開の分野で道を切り開いていった先達のエピソードは、それぞれに胸躍るものであり、失敗談も含めて読者を魅了する内容になっていた。
ファッションという世界が、美意識やこだわりが飛び抜けて強い個人が生き生きと活躍できるフィールドであり、個が時代のファッションをリードしていったこと、そういう個の活躍を後押ししたのが、経済と社会の高度成長で、著者の松本氏が「そう、あの頃はみんなが燃えていたのである」(同書「はじめに」の部分より引用)と評するような空気感があったこと・・・。
それは残念ながら、その時代に青春時代を過ごした人達にしか実感としては分からない感覚かもしれない。だからこそ、この本を読むことで、今の時代を生きる若者達にもその感覚を「想像」「追体験」して欲しい・・・著者の松本氏も、この本を私に献本して下さった安達先生も、そのように願っておられるのではないかと私は思うのだ。
3名のエピソードの中では、同郷・岡山の大先輩で何かと聞き覚えの多い石津謙介氏と、これまた隣県の兵庫県姫路市出身で、若い頃から作品を目にする機会も多くその名前に憧れを強く抱いていた高田賢三氏よりも、東京出身の中村乃武夫氏の章が、自分にとっては一番新しく印象に残った。
職人気質で、歌舞伎好きだった中村氏が、来日したピエール・カルダンのショーを見て何を看破したのか・・・この辺は、ネタバレしてしまうと面白くないと思うので、皆様是非ご自身でこの本をお読みになって頂きたいと思うが、
賢三氏以前に、日本人として初めてパリでショーを開いた中村氏が、どういう思いを抱いてパリに向かったのか、皇室デザイナーやTV番組での活躍、日本ユニフォームセンター(NUC)を設立し大手企業や博覧会のユニフォームを多数手掛けていく経緯などを読むにつけ、一本筋の通った男気のある生き方と、ラインが美しく燐とした中村氏の服との間には、何か相通ずるものがあるように感じられたのである。
中村氏に限らず、石津氏、賢三氏も含めて、様々なキーマン達との一見偶然に見える出会いが転機になり、運が開けていくかのように見えるが、その出会いを引き寄せているのも、この3名の先達にはファッションに対する並外れたこだわりと情熱があったからである。
そして、石津氏の「ヴァンヂャケット」設立や、1971-72A/Wの高田賢三氏のショー「アンチクチュール」は、特定少数の富裕層ではなく、鋭敏な感性を持った大衆=ヤングに圧倒的に支持されるビジネスに広がっていった。経済の発展が、次にはヤングの心を満たすカルチャーの発展を促す。才能を持った個は、時代の後押しを得て、世に大きく羽ばたいていったのだ。
ユニクロを始めとするファストファッションやロープライスカジュアルの台頭を「ファッションの民主化」と称する人が多い(先日ユニクロとのデザイン契約を発表したジル・サンダー氏も『デモクラティック市場』という語を連発していたらしい)が、60年代、70年代(それ以降、雑誌『ポパイ』の発刊やセレクトショップが登場する80年代より前までで区切るべきか)の高度経済成長からオイルショック、80年代初頭までの時期は、日本においてはそれ以前の戦後復興期とは一線を画す「ファッションの自由化」の時期だったと言えるのではないか。
「自由」と「民主」は、似て非なる用語である。少なくとも、「自由」が謳歌された時代には、今日はまだ物を十分に手にしていなくても明日は今日よりも豊かになることが素朴に信じられた時代であり、自分の親達よりも自分達が豊かになることも間違いないと思えた時代であり、アメリカやヨーロッパへの憧れが強く、挫折や反抗や屈折も含めて青春の輝きと自己主張の手段にファッションが不可欠だと感じられた時代だったのだと思う。
「民主」という言葉には、「自由」とは裏腹の、己を律するとかルールづけ、責任のイメージもちらつく。収入が減り、格差が進行し将来への不安を抱える今の時代のヤングには、最早はじける自由すらない、という風にも言えるかもしれない。
若いデザイナーが生活の糧を得られない時代に、創造力の翼はどこへ向かえばよいのか? インターネットなど、センスがありアンテナが立ったヤングが集まる別の磁場も広がっている今、服に必要以上の社会的文化的な意味合いは求めず、分別と社会的地位をわきまえた大人を満足させれば良いという本来の存在に収まっただけだ、という見方もあるだろうが・・・。
格好よかった昭和 東京オールウェイズ60's (アスキー新書 92) (アスキー新書)
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