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2011年12月 5日 (月)

書評:西谷真理子著『ファッションは語りはじめた』

本当に久々に、ファッションをテーマにした写真集以外の本を手にしたんですが、

面白かったので、一気に読み干してしまいました。

副題に「現代日本のファッション批評」とあるように、

この本は、ファッションを対象とした批評や対談・討論を掲載したものです。

なおかつ、批評の著者や、対談・討論の参加者の多くが、ゼロ年代に登場した若い研究者やデザイナー、アーティストであるところに、新鮮さがございました。

読みながら、いろいろな思いが脳裏をかすめていったんですが、

とりあえず無理してその思いを体系的にまとめるのはやめて、

思いの断片をここに羅列してみることにいたします。

(1)『アクロス』編集長の高野公三子氏の書かれたテキスト

「ファッション≒ストリートカルチャーだった90年代を再考する」がフォーカスしていた90年代、

この時代に、私自身は日本の地方都市でショップスタッフ→(今はもう廃刊になってしまった)ファッションの業界紙記者という、ファッションの業界周りの仕事に就いていたんですが、

めまぐるしく変化するストリートカルチャーと、その中に息づく人々(「作る人」「売る人」「買う人」「街をたむろする人」・・・私の中では、全部ごった煮のイメージになっていました)の生き生きとしたエネルギーに惹かれて、

雑誌を食い入るように読み、仕事の参考にという名目で、お金をためては日帰りで京阪神へ、やがては夜行バスで東京往復・・・といった日々を送っていました。

私はついに1999年には前職の新聞社を退社して、上京してしまうんですが、

それ以降、現在の会社に就職してからのゼロ年代と、

90年代を比較すると、

私が若かったというだけでなく、ストリートファッションということに関しては、

やはり間違いなく90年代の方が活気があったな、自分も燃えていたな、という風に思います。

(2)ゼロ年代という時代はどういう時代だったかというと、

chapter4の座談会の中で「writtenafterwards」デザイナーの山縣良和氏が述べているように、

今、最も社会と距離感が近いカルチャーのジャンルは、「ネットの中」で、

リアルよりも、東京ガールズコレクション、ゾゾタウンなどのムーブメントの方に、私自身の関心も完全に移行してしまったな、という気がしております。

(3)東日本大震災以後、日本に住む人、日本人の関心が社会的な問題に向かうようになり、ボランティアの動きなども活発になっています。

一般(という表現は適切ではないかもしれませんが)の方々の関心が、個からコミュニティ、社会の方向にシフトしている時なので、

クリエーションや業界サイドからのアクションも変わってしかるべきではないかと思っていましたが、

前述した山縣デザイナーの「原発やエネルギーのことを、僕はファッションっていう部分でどう考え、行動できるのかって考えています」(P213)という発言や、田村有紀氏が指摘していた「Harajuku Mighty Project」の、「ただの楽しむ衝動としての『カワイイ』から、ポスト震災の思考やアクションへとつながる動き」(同書P253より引用)に

期待したいと思います。

(4)井伊あかり氏が、「ア ベイシング エイプ」のNIGO氏について取り上げておられたのが、良かったです。

一時代を築いたブランドであるからという理由だけでなく、このブランドが、香港のセレクトショップ「I.T」に買収されて今後どのような運命をたどるのか、

井伊氏の批評から、その「予兆」めいたものを感じ取れるような気がしたのは、私だけでしょうか?

ポストモダンの時代の寵児として、「対抗すべきメイン不在となる中で、サブカルチャーからカウンターカルチャーとしての機能が奪われることになった」(同書P66より引用)ベイプ。

フラットで無害なブランドは、政治や社会に大きな矛盾を抱える中国という国にうってつけの明るさと自由さを帯びています。

そして、リミックスとサンプリングの妙で、プリント柄のTシャツを中心にいくらでも商品を「増殖」させられる、という、拡大路線にあったブランドコンセプトと商品企画。

単に知名度があるから、つながりがあったのでブランド救済をという目的だけでなく、「中国では売れる」と思われたから買収されたと見るのが正しいように思います。

(5)chapter4の座談会を読みながら思ったんですが、

今それなりに話題になっておられるデザイナーさん達の座談会もいいんですが、

90年代後半から2000年過ぎくらいまでの、

ジャパニーズ・デザイナーズ・ブームの頃に人気があった方々、

その多くのお名前を、最近は見かけなくなってしまっておりますが、

彼らの座談会を開いて欲しいなと。

今、何を考え、どんなことをなさっておられるのか・・・興味があります。

(6)この種の本は、青臭い書生論的な内容であることが魅力的なところなんですが、

その一方で、日本のファッションビジネスのメインストリームからはやはりかなり距離感があるように思います。

最近は一般の若い方々の感覚がかなりリアルで、

例えば、(私が岡山出身だから情報が入って来て余計にそう感じる部分はあるのでしょうが)

クロスカンパニーの石川康晴社長や、スタートトゥデイの前澤友作社長のような、

起業家で、なおかつ、社会貢献的な視点を持っておられる方々への憧れの方が、

ひょっとしたらファッションデザイナーへの憧れよりも遥かに大きいのではないかと。

もう少し小さな規模でも、ゼロ年代にネット通販でファッションのショップを起業した社長さん達の生き方を見ていると、

ビジネスをクリエイトするのも一種のクリエーションではないかという気がいたします。

私は中国語を勉強しているんですが、

大学の先生が書かれた中国語のテキストと、実際に日中ビジネスに携わっておられる方が作成に携わられたテキストでは、

ダイアログ、例文の臨場感が全く異なる、大学の先生方は、やはり商売の現場には疎いなという風に思ってしまいます。

ただ、大学の先生方には、教育のプロとしての別の役割、別の強みがある訳で、

『ファッションは語り始めた』の中に登場しておられる方々の個性や強みにも、同様に敬意を表します。

私が感じる若干の違和感は、

「皆さん、真面目系でいらっしゃるな」ということ、

(対談の中でAR三兄弟のご長男、川田十夢さんがいみじくもおっしゃっておられたように、わが業界ならではのミーハー感とか、いい意味での軽さが、私は好きなので)、

それと、「私は儲からないことは嫌い」「私はお金を儲けるのが好き」=商売が好き、だからなんでしょうね。

デザイナーさんの商品を集めて売っておられる立場の方=セレクトショップのバイヤーの方は、商売という観点で商品やデザイナーさん達を見ておられると思いますが、

バイヤーさん達にファッションについて語って頂いた本も読みたいと思います。

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